kum4423’s diary

なんかそこらへんのこと

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特に意味は無いのだけれども

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なんとなく無性に文字を打ちたくなる時がある。もちろんタイピングが疎かにならないように、というのもある。

 

だけど、自分が思ったままを文字にして打ち込むという作業は悪くない、むしろ心地が良い。こうやって講義と講義の合間の空き時間に文章を書くというのは一種の精神安定剤のようなものなのかもしれない。ルーティンワークをしないと気が済まない、そんな人には共感を得られるかもしれない。

 

意外と文字を打つのは楽しいのですよ?心が風邪を引きやすい人は、日記を付けるのオススメですよ。自分を振り返るのにちょうどいいと思うんです。だってそこには等身大の自分しかいませんから。世界はそんなに怖くないよって昔の人も言ってましたよ。

 

文章を書く上でいつも自分が大切にして考えるのは”言い回し”。凝った表現が出来た時は最高に嬉しいもの。それはそれで擬きでしかないのだけれども。

 

ほんとにどうでもいいことを書き溜めている。今日(1/19)はある一冊の本を読んだ。庭師という職業の人の自叙伝だ。内容はよくありがちな、夢を持てば人は頑張れる。飽きるほど聞いてきた、うんざりだ。でも少しだけ面白いことも書いてあった。

 

「人に自分が使われていると思った自体で、終わりです。」

 

バイトや働いている職場で、自分がこのように考えた、思った時点でそこではもう終わりだという。なんとなくだが自分にも分からなくはないというか、共感出来るところがある。なんか仕事先で上の者にただの雑用役でしか見られてないなと思った時点で自分も辞めます。他に必要としてくれるところへ行きますよ、当たり前のことです。ほんとに従業員を必要としてくれているなら少しは賃上げしてくれてもいいはずなのだけれども。人を舐めたような金額で雇う人間はこちらからゴメンだし、関わりたくもない。そういう奴に限って根性論だの、論破だのをしたがる。

 

いまとなってはそういう大人を見ると可哀想に思える。そんなこと決して口には出さないけど。今の大人と若者とでは様々な部分で大きな格差があるように思える。決して口には出さないけど。